太平洋戦争の敗戦から5~6年経過した1950年頃、物資不足・お金不足から少しづつだけど抜けだしかけた日本の、国民の活字文化渇望の事情に合わせるように現れた「貸本屋」さん。
当初は一般書籍の古本、文芸書や主婦向け雑誌が中心だったものが、いつの間にやら貸本専門の出版社からリリースされる漫画単行本が、店頭のほとんどのスペースを埋めるようになった。
有名な「日の丸文庫」は大阪にあり、50年代半ばから、今や伝説となった、劇画のルーツといわれるアンソロジー集『影』や時代劇集の『魔像』をだしていた。
昭和40年の刊行が終わるまで、『影』は全120巻、『魔像』は86巻を数える、大ロングセラーなのだ。
東京の三洋社からは、貸本漫画最大のヒット作にして、日本漫画界の、傑作中の傑作『忍者武芸帳 影丸伝』が出版されている。’59年から’62年(S34~S37)まで書きつがれた、全17巻の画期的大長編である。
62~63年(S37~S38)頃、私は「貸本屋」さんを知ることになる。
当時、ご近所には、AとB、2店の貸本屋があった。
もともとA店は少し離れたところにあったのだが、近隣施設の火災によって類焼、再建までの間、やむなく小生達の住んでいた商店街の空き店舗を間借りして、営業を始めた。
それがきっかけで、小生は貸本屋というものを知り、利用することも覚えたのだった。
仮店舗だから品揃えが少々物足りなかったのか、他の店舗を探し、B店を知り、そちらにも出入りするようになった。
当時の私の興味の中心は漫画月刊紙や創刊されて間もなくの週刊誌に掲載されていたSF作品、この雑文内では「マンガ」と表記している作品達だったので、両店舗の作品を一通り読破した頃には、軸足を元に戻して、いわゆる「ストーリーマンガ」に耽溺してゆく日々に戻った。
貸本漫画に熱狂した読者層は、’47年(S22)~ ’49年生まれの「団塊の世代」のお兄さんお姉さん達。’51年生まれの「断層の世代」の小学生だった私には、その作品世界は少し縁遠いものだったのだ。
ベストセラーシリーズの『影』は、和製アクション映画の世界。さいとうたかをさんなどの世界である。『魔像』はカバーに当時の映画スターの似顔絵っぽい顔のサムライがポーズを決めている時代劇集。巨匠・平田弘史作品などは、あの頃のぼくちゃんには濃すぎて、読んでて疲れたっ!
「日の丸文庫」にはもうひとつ別シリーズがあり、日常世界が舞台のスポーツものやギャグ系の作品シリーズで『オッス!!』といった。ちなみに『オッス!!』は、’61年(S36)創刊で全67巻刊行された。こちらでは水島新司、山本まさはるといった作家達が活躍していた。画風もお話もいわゆる少年マンガっぽい作品達で“雑誌党”のおこちゃまにも十分に楽しめた。
67年(S42)、高校生の私は、通学駅から学校までの通学路の途中に、古書店を見つけた。
貸本屋と古書店の兼業店舗だったのかもしれない。そのお店で懐かしの作品達に邂逅し、興奮した記憶がある。
この頃には、ご近所のA店は無事に再建がなって元の場所に帰り、新刊本を売る通常の本屋さんとして繁盛、B店は古書店として営業していた模様だったが、次第に足も遠退き…私の周辺から「貸本屋」は消えてしまった。
いずれの店か記憶は曖昧だけれど、この頃、A5版並製本つまり貸本型の、山本まさはる著『探偵屋NO.1』を購入し、長らく所蔵していた。自宅の蔵書の中で貸本漫画時代の“かおり”をとどめる一冊となったのだった。
マンガ週刊誌の創刊は’59年(S34)3月、旭日昇天の勢いで発行部数を伸ばしてゆく。
白黒ながらテレビの普及率が80%に達したのが’61年(S36)、お手軽娯楽の王者として君臨し始める…
最盛期には全国で3万店あったといわれる「貸本屋」。
1960年(S35)に最盛期を迎え、その後急速にマーケットが縮小し、69年(S44)末にその店舗形態と文化は終焉を迎えた。
物品も潤沢に出回るようになり、自分たちの懐具合もちっとはよくなった。経済大国になったと浮かれ、衣食足って礼節を知る…どころか、だんだんと忘れ始めた頃、慎ましやかだった時代の文化、「貸本文化」は消えたのだ。
登場以来、後のジャパニーズ・コミック隆昌の未来を胎蔵し、かつ芽吹かせもしながら、わずか20年ほどで消滅した「貸本漫画」。貸本漫画時代に少し遅れた俺たち「断層の世代」は、ピーク時から終幕までの10年を体験し、その残照を見送った世代といえるかもしれない。
「貸本漫画」の果たした役割はとてつもなく大きい。発表の場を、商業誌にシフトしていった多くの有能な貸本出身作家達の活躍は、67~68年の青年マンガ誌の創刊そして市場の発展、さらに世界メディア“MANGA”の誕生を切り拓いたのだった。
あれから60年、2020年代の今日、一時はコミックレンタルとしてサバイバルしたようにも思える貸本(宅配レンタル)という形も、電子レンタルに移行してゆくのが時代の趨勢のようだ。
お爺ちゃんは、メディアとして、紙のマンガが好きなんやけどなぁ。