私のこころに残る風景は、

私のこころに残る風景は、小学~中学生の頃、ふるさとの高上山の頂上から眺めた、少し霞んだ大阪平野ときらきら光る大阪湾の眺望です。
高上山とは地元の通称(と私は思っている)で、正しくは高尾山(たかおやま)という大阪府近辺ではそこそこ名の知れた山なのです。
場所は、生駒山地の最南端にあたり、標高は270メートルあまりとそんなに高くはないのですが、頂上付近の岩峰(いわみね)が特徴の地元のシンボルのような存在です。
子供の頃、私は、友達と時には一人で登り、山頂の岩峰付近から、眼下に広がるそんなに広くない八尾飛行場や松原市、大阪市南部の住吉区・住之江区にいたる遠望を楽しんでいました。
あまり背の高い建物のない時代でしたので、大和川の流れ行く先をたどってゆくと、自然に大阪湾まで視線が誘導されたものです。
そして昼下がりの陽光が大阪湾の水面にきらきらとひかり、その照りかえしの中を貨物船らしき船体のシルエットが静かに航行していた光景を忘れることが出来ません。
まだ近眼になる前でしたので、本当によく見えていました。
やがて光はオレンジ色を増し夕刻が近づいていることを知らせ、少年はゆっくりと山をくだり始めました…遠い昔のこころの中に残る風景です。

ここまで読まれた方は、あれやっ!と気づかれた方も多いだろうと思う。
そう、NHK BSの『にっぽん縦断 こころ旅』の「こころの風景」の投稿です。
同番組のファンである私が、これから先、大阪府の旅の投稿募集でもあれば出そうかなと思っていたこころの風景が上の文―というのは嘘。
単に番組を見るたびに、「俺の風景は…」と自問していたイメージなのだ。

初代の旅人・正平ちゃん(火野正平氏)が、このポイントに最接近してくれたのが2023年春の旅、通算1176日目に走ってくれた時。
その日の出発点、柏原市の観音谷展望台が我が高上山のご近所だった。そこから地場産業であるぶどう畑群をくだりつつ安堂という集落を通過、国道25号線をちょびっと走り、大和川にかかる近鉄道明寺線の鉄橋を右手に見つつ、新大和橋を渡って藤井寺市に向かうという回の冒頭の幾分かだった。

同番組、残念ながら、正平ちゃんが2024年11月14日に逝去、「火野正平期」の幕は降りたが、2代目旅人・“みちゃこちゃん”こと田中美佐子氏の健闘が好評の様子で、まず数年は安泰・継続の気配が感じられ、うれしいことである。

よって、正式の投稿文にしてみるかといざ考えてみると、自身の記憶が曖昧であるのにあらためて気づくのだよ。
なにしろ60年以上も前の話、ハイキングコースや関連施設もまったく整備されてない時代だから現在の景色とは大違いであろうし、当方の記憶も不明瞭であることは否めない…。
本当に高尾山の頂から見ていた風景か?途中の見晴らしの良いポイントのイメージをすり替え合成しているのではないか等々、考え出すときりがないよね。

脳の記憶回路活性化を図るため、いろいろやらんとあかんな~と思い始めてる今日この頃ではある。