1968年(S43)9月8日『ウルトラセブン』が終わった。
当時の私は、毎日曜日の夜、ご近所サンに出向き“カラー放送”で『ウルトラセブン』を観させてもらっていたことは、既述した。
最終回「史上最大の侵略・後編」もいつものようにそちらにお邪魔して観ていたのだが、この日ばかりは辛かった。
なにしろあの“伝説の最終回”である。いつものように「あっ、終わりましたね。本日もありがとうございました。」とあっさりと退出するのが、真にシンドかった。
自宅なら呆然としてへたり込むところだけど、よそ様なのでそうもいかず、なんとかその場を辞し外へ出た。
帰路、先刻の30分、そしてあまりにも有名なあのシーンを幾度も脳内で反芻した。
モロボシ・ダンが「アンヌ。僕は、僕はね、人間じゃないんだよ。M78星雲から来た、ウルトラセブンなんだ!」と云った途端、
―♪ジャン!、ジャンジャンジャンジャン、ジャンジャン!(劇伴)
―銀色のきらきら背景。ダンとアンヌはシルエットに
―風に揺れるアンヌの髪
なんですか、これ! この演出はいけません。少年少女の胸を打つにも程がある。
後年、このシーン一点をもって、『ウルトラセブン』は傑作になったとか宣う人が出てくる始末。
私自身はそこまでいわない―だって、他の名作群も並行して置いときたいじゃん―とはいうものの傑作・伝説化に大いに貢献していることは明白だ。
高2の秋、私は、完全に今でいうロスに陥ってしまった。
翌日、登校すると、普段より大きな声で、一所懸命『ウルトラセブン』が終わってしまったと喋っているクラスメイト―Kさんという女子がいた。
その子は辻説法の坊さんのように皆んなに力説していた。
セブンは話も画も抜群に面白いこと。ダンとアンヌの関係。そもそもモロボシ・ダンとは。セブンはなぜ地球人の味方なのか。etc…。
今日では当たり前だろうけど、50年前はオタク男子すら珍しい時代、ましてや特撮女子は、まさに稀有な存在だった。
私は、私の近くにセブンファンがいたことが非常にうれしかった。
それまで、彼女とはあまり喋ったことがなかったが、セブン・ロスがきっかけで友人になり、『ダークゾーン』や『狙われた街』や『アンドロイド0指令』や『超兵器R1号』や『ノンマルトの使者』や『円盤が来た』について語ることができ、ロス気鬱を減少させることができた。

「ウルトラセブン テレビマガジン ヒーロー グラフィック ライブラリー 3 」(1995年・講談社)
最終回の演出は、満田かずほさん。
特撮シリーズだけれど、ダンとアンヌにロマンスの香りを漂わせたいと考えていた監督は、最終回の担当が決まった時期から、演ずる二人にほのめかすなどいろいろ準備したそうである。(図版2のDVDで喋ってはります)
シリーズを通じてアンヌのヘアスタイルが三様―ボブ、ショート、最後はセミロング―見ることができるのもそのおかげか?
上記のシルエット画面で心の動揺を表すように激しく髪が流れる画ができ上がっている。
そして、劇伴。
クラシック音楽、シューマンの『ピアノ協奏曲イ短調』がイントロからド~ンと入り、脳天をぶち抜かれます。これは、音楽監督の冬木透さんと二人で選ばれたそうです。
いやはや、これにはもう降参です。(※1)
私自身がそうだったように、『ウルトラセブン』に熱中していた当時の中・高生視聴者は、この満田演出に完全にやられちゃったんだと思う。
―にしても、やはり、SFテレビシリーズのフィナーレに、ヒーローとヒロインの「わかれ」を入れられるのは、思春期の青少年達には、ど・ストライクやったんやね。
幾度再放送しても、その時代時代で「伝説の最終回」になっちゃう。
すごいし、すこぶる納得です。

右…「ウルトラヒロイン伝説-アンヌからセブンへ 」[DVD](2004年・ジェネオン エンタテインメント)
右上は、DVDに封入のアンヌ隊員トレカ18枚。もちろん未開封だよ。
※1:このシーンに人生を決定づけられた人もおられる。その代表は、著述家・編集者の青山通さん。著書にその名もずばり『ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた』(アルテスパブリッシング/新潮社)がある。あの曲は?あの演奏は?指揮者は?と「あのシーン」をきっかけにクラシック音楽探究に旅立った人間の物語なんである。