ウルトラセブンをカラーで観たい!

1967年10月1日、ウルトラシリーズ第3作(※1)『ウルトラセブン』が始まった。
めちゃくちゃ面白かった。
ストーリー、キャラクター、コスチューム、メカ、宇宙人・怪獣デザイン、全てにおいて最高だった。
かててくわえて、カラー放送だった。

カラーで観たい!、熱情がこみ上げてきた。
しかしながら、我が家にはカラーテレビがなかった。
57年前、私はすでに16歳になってはいたが、生来の〝オタク気質〟は抑え難く、裕福な家に生まれなかった自分の星(さだめ)を呪うこともなく、状況を乗り越えることに腐心していた。
特撮フリークの少年の情熱の行方は…

____以下に、27年前に書いた『ウルトラセブンとカラーテレビ』と題する拙文を掲載する。

【ウルトラセブンとカラーテレビ】

その頃私は『ウルトラセブン』をカラーで観たくて、毎日曜日、近所の知り合いの家におじゃましていた。
私の家には、カラーテレビがなかったのです。
当時はまだカラーテレビそのものが珍しく、なにしろ新聞のTV欄をみると、カラー放送には番組名の左横に「カラー」というピクトが付けられていた、そんな時代の話です。
とはいえ、高校2年生の私は、やはり気が引けたものでした。

自分の家の経済力、相手の家の都合、17才にもなって怪獣モノを真剣に眺めている自分が大人達にどんなふうに映るのかと気にしていた部分、等など。

それでもカラーで観たかった。
本当に日曜日になるとそわそわしていました。いつ云いだそうか、どういう顔で入っていこうか、深い悩みです。
「オタク」などといって世間に認知してもらえる幸せな時代ではありませんでした。

でも、白黒でいいじゃないかなんて思えないのです。
一度見てしまったら、もう後戻りはできません。発想の転換は出来ないのです。
手段を講じて目的を達成しようとするのです。
これは今も変わらない。一生ついてまわる性格というものかもしれません。
何がそれほど私を「セブン」に入れ込ませたのでしょう。

●セブン自体のデザインが良かったから
●ウルトラ警備隊の制服がカッコ良かったから。
●アンヌ隊員がキュートでセクシーだったから。
●諸星ダンが本当に好青年に見えたから。
●North Gate Open! に痺れたから。
●単なる怪獣物でなく、侵略テーマだったから。
●脚本、演出が小気味よかったから。 

つまるところ、全てだとしかいいようがありません。
ひとつの世界が創れるかどうかは、特に映像の分野では、個々のディテールがしっかりしているかどうか、それで決まってしまうような気がします。フィクションの「リアリティー」ってそういうことだと思うのです。
『ウルトラQ』『ウルトラマン』を経て、シリーズの絶頂をむかえた円谷プロが産み出してくれた、私への最高の贈り物。それが『ウルトラセブン』だったのでしょう。

身震いするような最終回の後、少しの間、虚脱状態が続きました。
それからしばらくして我家にもカラーTVが来ました。
なんと、TVアンテナがカラーだったのです!
その話は、別のページで読んでいただくとして、今、『セブン』は拙宅のAVラックの中、LDBOX2巻に収まっています。こうなると、なかなか見ないもので、特に最終話の前後編は、ほとんどディスクトレイに乗ることはありません。

【’97年10月10日脱稿】


___以上が27年前に書いた56年前―1967年のお話。で、現在(2024年)です。
もう10年以上前、本作の全話を友人にDVDに焼いてもらったのですが、そのディスク、読めなくなってしまっています。
頂戴した時に所有していたDVDプレーヤーでは再生できてたのですが、現在使っているブルーレイ・ディスク・プレーヤーでは読めなくなってしまいました。ファイナライズの問題なのか、ディスクの劣化によるものなのか…

コレクション癖もそこそこに、と言う教訓かもしれませんな~

※1:ウルトラシリーズ、二通りのカウント…ⒶTBS「ウルトラシリーズ」(空想特撮シリーズ)―①『ウルトラQ』②『ウルトラマン』③『キャプテンウルトラ』(東映制作)④『ウルトラセブン』⑤『怪奇大作戦』をいう。 Ⓑ円谷プロダクションの「ウルトラシリーズ」は、②と⑤を外し、『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』を「昭和第1期ウルトラシリーズ」と呼称、『帰ってきたウルトラマン』以降は、それぞれの節目ごとに区切りがつけられている。

※タイトルイメージ(アイキャッチ画像)について…夕日と少年のシルエットは素材写真サイト・Photo ACの「未来ある子供の背中」。同写真を全体に使用し、中空にウルトラセブンの写真を合成配置して執筆者本人が制作したもの。ウルトラセブンの写真は、ウィキメディア・コモンズの「ウルトラセブン〜52461142814.jpg」(ディック・トーマス・ジョンソン氏撮影)を使用しています。同ファイルの所載URLは、こちら

※下の写真の説明…柏原市のHP内「写真で見るちょっと昔の柏原市/昭和30年代(1955年~)その1」からDLさせていただいた『国道25号大正交差点』というファイル。セブンを観せてくださっていたお家が、画面の中に写っている。国道といいながら、モータリゼーションが押し寄せる直前か、比較的ゆったりとしたムードの漂う一枚だ。もっとも、私が足繁く通ったのはこれより10年後、昭和40年代のことだから、みんなもっとせかせか歩いていたはずだ。